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From Paris : 中世からフランス服飾文化を支えてきた職人技

 

ガリエラ美術館のファッション・クラフト展にて

 

現在、パリ16区のガリエラ美術館で開催されている、装飾職人に焦点を当てたエキスポジションでは、19世紀以降の服飾を支えてきた“見えない手たち”の仕事に光を当てた内容となっています。

 

華やかなドレスの背後にある、レース職人、刺繍職人、ビーズ職人、羽根細工師、プリント工房、織物職人などの高度な技術と歴史、そしてそれらがどのように現代のオートクチュールへと受け継がれているのかを現物と共に、丁寧に説明されています。

 

ポスターにもなったコム・デ・ギャルソンのドレス

 

女性客ばかりかと思いきや、男性客も多い会場

 

19世紀の産業革命は人々の生活、そしてもちろん、ファッションにも大きな変革をもたらしました。機械化によって生産は大きく効率化しましたが、上流階級者たちの服飾においては、以前と変わらず、丁寧で高価な手仕事が不可欠でした。

 

その時代、ブリュッセルのレース、リヨンの絹織物、パリの刺繍工房など、職人技術は地域ごとに専門化し、それぞれ洗練されていったようで、展示会場には、細かいシャンティイ・レースを重ねたドレス、ガラスビーズや金銀のシルク糸によるゴージャスな刺繍マントなどが並び、衣服というよりも美術工芸品。
19世紀の後半、シャルル・フレデリック・ウォルトにより、パリのオートクチュール制度が出来上がると、職人技術はさらに発展し、“デザイナーが考案し、専門アトリエが担当して作り上げる”という、現在まで続くシステムが確立しました。

 

クリスチャン・ディオールや、ココ・シャネルなど大手メゾンがいまだモード界に君臨している背後には、常に熟練の技術を持った刺繍工房や細工師たちがいたのです。

 

虫眼鏡で細かい技まで鑑賞できるシステム

 

アンティークビーズのミニバッグ

 

今回のこの展示は、こういった職人の歴史を辿るものです。
ファストファッションの大量生産が当たり前になっている現代、何百時間もかかる手刺繍やレース編みは呆れるほど非効率に見えます。ですが、効率やコスパだけでは測れない確かな価値がここにはあるのです。気が遠のくような作業時間、でも、そこから生まれる、血が通う人間だけが察知できる繊細な感動。これこそが、オートクチュールが芸術と言われる所以だと感じました。

 

では、AIが急速に発展する今、こうした手仕事はやはり廃れていってしまうのでしょうか。
AIは一瞬にしてパターンを作り出し、3D制作まで可能にしてしまう。装飾も、刺繍やプリントの図案も無限に生み出すことができます。ですが、手仕事職人たちの熟練の感や身体感覚による、絶妙な調整などは、可能なのでしょうか。
私自身、20数年前、帽子職人としてパリのオートクチュールのアトリエでインターンをしていた際、フェルトを木型にかぶせる時の湿度の違い、一枚一枚違う鳥の羽根の反り具合、色むらのバランス、それらを感覚で判断し最上級に美しく仕上げることを学びました。

 

それは数値やAI情報の蓄積では得られない領域で、人の経験の上にしか存在できないと思うゆえに、私は、こういった手仕事は残ってほしいと心から願うのです。
幸い、パリには数は減ったにせよ、まだ職人養成の専門学校や、インターン制度は残っており、技術を習得できる場所は残っています。ですが、職人たちが充分に生活できるような報酬体制がなければ、いくら好きでも若い世代はこの業界に参入しません。
次世代にこの素晴らしい職人文化を継承していくためには、こういった“人間しかできない仕事”の価値と重みを再確認し、価値をつけることが条件なのではないかと思うのです。

 

絹糸の刺繍が施された19世紀のケープ

 

 

[PROFILE]
KISAYO BOCCARA

パリ在住の帽子職人&通訳コーディネーター。東京藝術大学デザイン科卒業後、渡仏。パリの帽子専門学校を卒業し、C.A.P.職人国家資格を取得。現在は、帽子&アクセサリーのブランドを運営しつつ、日仏をつなぐコーディネーターとして活動。パリ郊外の森近くにて、夫と息子2人の4人暮らし。

 

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